2016年2月18日

プロフィール

めぐりの部屋
代表 鈴木 なおこ

 

 

エネルギー整体法上級施術者(初級、中級、上級、特別科、研究科、受講認定者)

エネルギー回復整体講座全過程終了・認定施術者

ゆらし整体施術者

トコちゃんベルトセミナー受講済み

※随時整体の勉強会やセミナーで勉強を続け、技術・知識を更新し続けています。

・ホームページ制作

・プロモーション企画実行

・ランディングページ制作

・自己紹介制作

・起業サポート

 

趣味 ご飯を作る・食べる、ヨガ、アーユルヴェーダ、占い、ヘッドスパ巡り、温泉、旅行、地図を見ること、映画・・・

 


 

こんにちは、鈴木なおこです。

このホームページを訪れていただき、ありがとうございます!

 

私は少し前まで福岡県太宰府市で小さな整体院を開いていました。

同じ地区には整体院や整骨院が徒歩5分以内に6件あるような激戦区ですが、

ここで3年9ヶ月間続けられたのは数多くの方々のおかげです。

 

(福岡太宰府にあっためぐりの部屋です)

 

「整体を通じて体を根本的に整えて、

全身の流れを良くして人生の流れも良くしていこう。」

「ダメージを流して治癒力を目覚めさせて、

エネルギーに溢れた毎日を送ろう。」

 

そんなライフスタイルを目指して整体院を開きました。

 

2018年3月に大阪へ居を移し、ネット上で整体のレッスンや遠隔整体を行っていましたが、

とあるご縁からここ大阪でも整体院を開くことになりました!

 

2018年8月27日にグランドオープンを迎えます。

 

まさか、人生で2度目の整体院がオープンできるなんて思っていなかったので、

夢みたいで感謝しかありません。

 

福岡の経験を生かして、

この大阪の地でも出会う方お一人お一人の人生がより良くなりますよう。

明日の笑顔につながる施術ができるよう日々過ごしてまいります。

 

さて、

前置きが長くなりましたが

私の自己紹介に参りますね。

よろしければご覧いただけたらと思います。

 


初めての整体

私は神奈川県藤沢の生まれで、

体を動かすことが大好きなおてんばな女の子でした。

 

小さな頃は習字の先生をしていた祖母の影響がとても大きかったです。

躾に厳しく、身のこなしに厳しい祖母でした。

霊感が鋭くもあった祖母からは多くのことを学びました。

昔ながらの人で、三度の食事の前の読経やお盆やお彼岸のお墓参りなどをとても大切にしていました。

 

ご先祖様にお守りされている。

お天道様に守られている。

そういう感覚は肌に染み込んでいるかもしれません。

 

中学時代はバスケ部に入りました。

勉強と厳しい部活を両立させていましたが、

練習がきつくて、辛い思いが多かったです(^_^;)

しまいには腰の骨に異常を来たし、療養することになりました。

この時に初めて整体院に行きました。

鍼灸にも行きました。

が、どちらもあまり良い影響がありませんでした。。。

 

人生初めての挫折とその反動

高校時代も部活に明け暮れ、

勉強では挫折し^^;

そのまま受験へ。

そこで浪人を経験します。

まあ人生初めての挫折ですね。

浪人一年は記憶から消去したのでしょうか?

あまり記憶に残ってないんですよね。

「大学行ったら望んだこと全部やろう!」

と誓っていたことは確かです^^;

 

翌年東京の大学に合格できて、

キャンパスライフスタート!

 

 

まずはバイト。

そして海外!

なぜか語学に興味があった私は外国語の授業を取りまくって、

その中で中国語とスペイン語に興味を覚えて、

第二外国語にフランス語には全く興味を覚えませんでした(^_^;)

 

部活は1年くらいでやめて、

バイトに精を出しました。

働きまくって貯めたお金でまず初めての海外、オーストラリアへホームステイと語学学校へ。

その後はスペイン、中国、と語学を磨くために渡り歩きます^^;

大学同士の交換留学にも受かって、再度オーストラリアへ。

もう日本へは出稼ぎに帰るって感じでしたね^^;

それだけ浪人時代が辛かったんでしょうね。反動のように海外へ出て行きました。

 

就活の時期になっても海外を飛び回っていた私は完全に就活時期を外してしまいました(~_~;)

 

時は氷河期時代です。

どうにか滑り込めたのは一部上場のメーカー。

 

この会社での出来事は今後に私に大きな影響を与えます。

 

新卒入社後の異変

入社した会社、本社は東京なのに、配属先はなぜか東北!

 

寒いのが一番苦手は私は一年目から寒さにやられて、

しかも細かい仕事や納期がすごい苦手ってことが就職して初めてわかりました!

 

バイトしまくってましたが、全てサービス業だったのです。

 

それでもバリキャリ志向だった私は食らいつくように頑張っていました。

仕事できるようになりたい!

戦力になりたい!

 

そんな思いとは裏腹に心身に異常が出始めました。

まず、週末に起き上がれなくなりました。

一日中布団から出られないのです。

 

何をしていても楽しくない。

食べることがだけが唯一の楽しみでした。

でもその食べ方がおかしいのです。

家にあるもの全部食べ尽くすのです。

そして気持ち悪くなって吐く、という。

 

これって過食嘔吐っていうかなりヤバイ状況です。

その頃は全くわかりませんでしたが、

なんかすごく罪深い気分になって自己嫌悪になって、

マインド最悪っていう負のループでした。

 

平日は鉛のような体を引きずって出社して、

週末には一歩も外に出ない、という生活。

テレビを見ても本を読んでも、同期と飲みに行ってもカラオケ行っても

何をしていて自分だけが違う世界にいる感じでした。。

というか心が完全に扉を閉じているんです。

 

こんな経験は初めてでした。

 

これはヤバイ。

うつという言葉は知りませんでしたが、

このままいったらマジでヤバイ私。

という胸騒ぎはかろうじてありました。

 

上司には本当によくしてもらっていたので、

心苦しかったのですが、辞表を提出しました。

引き止めてもらって認めてもらうには時間がかかりましたが、

円満退社という形になれました。

円満退社ではありましたが、たった数年で辞めちゃうなんて

逃げたみたいで「自分は不完全な人間なんだ」という思い込みに苦しめられました。

 

埋められない敗北感

退社と同時に東京へ戻りました。

辞めて家にいるわけにもいかず。

 

食の大切さを痛感していたので、

食関連の専門学校に入って一年学ぶことにしました。

 

そこは不思議な学校で

食育とか食のプロデュースとかを学べました。

面白いバックグラウンドの人たちがたくさん来ていて、

刺激になりました。

 

在学中はその学校関連で食関連の出版社で働くことができました。

その後はツテで食雑誌のフリーライターとして働くことができ、

ここでいろいろな場所に顔を出して、食の世界を覗くことができました。

忙しかったのですが、楽しかったです。

 

でもフリーなので、心許ないですよね^^;

体調悪くて取材に行けなかったり、ダブルブッキングしたらその仕事が誰かに行っちゃうんですね。

穴を開けると次が来ないこともあります。

20代の私にはかなり恐怖でしたね、それが^^;

 

そこで就活を始めたところ、

ご縁があってインバウンド関連の出版社に就職することができました。

 

そこでもライティングや翻訳の勉強をさせてもらいました。

取材や細々したことも経験させてもらって本当に勉強になりました。

 

あ、これかな?私の仕事は。

と思った時、ちょうどプライベートが忙しくなったんですね。

 

女性によくある話ですね。

結婚や妊娠出産が重なりました。

 

 

出版関係で妊娠出産子育ては難しいです。

今はわかりませんが、当時は特に小さい会社ではほぼ無理。

社長さんの計らいでフリーの契約にしていただきました。

 

その後は妊娠中、出産後も家で編集や翻訳していました。

 

そのうち、次の子を妊娠、出産と続いてお仕事続けられなくなってしまったのですね。

そこで出版関係のキャリアは終わりました。

 

二番目の子が立つ頃になって、

さあ、私何しよう?

となった時、

自分は最初の会社も逃げるように辞めたし、

その後も思いっきり仕事してない。

仕事したい!ってなっちゃったんですね。

 

子育てしていると社会から取り残された気がして、

かなり寂しい風が心に吹くことがあります。

 

なんかもう社会から必要とされていないんじゃないか?

って。

本当はそんなこと全然ないんですけどね。

 

でも当時の私はそう思っちゃったんですね。

 

そんな焦りからいろいろとチャレンジするんですけど、

なかなかうまくいかなくて、鳴かず飛ばず。

 

いろいろな資格に挑戦して、資格ホルダーみたいになっていきます^^;

長いんで省略しますけど、

そういう肩書きで安心したかったんでしょうね。

 

ちょうど3人目の子を出産した時も

なんと国家試験挑戦中でした!?

朝4時起きで授乳しながら勉強しまくって。

どういう感覚!?って感じですよね^^;

 

それぐらい不完全燃焼だったんですよ、社会で。

 

だからやっぱりやるべき時にやるべきことをしないといけないっていうじゃないですか。

あれって本当だなって思いますよ。

 

学生時代は勉強、部活とか。

社会人時代は仕事、恋愛、おしゃれ、社会勉強。

 

その時代時代で燃え尽きないと後で面倒臭いかなって思います笑

 

話を戻しますけど、

3人の子供を育てながら国家試験勉強は相当体にきたみたいで、

ある日突然起き上がれなくなっちゃうんです。

この頃が30歳過ぎたくらいです。

 

それまでも肩こりとか首こりがひどくて、

思い起こせば就職した頃からずっと体調悪かったんですね。

 

起き上がれないと家事育児できないんで必死でどうしようか考えました。

ネット探してたら不思議な整体院を発見しました。なんだかピン!ときました。

家から近いので、母に子どもを預けて引きずるようにしてその整体院に行きました。

 

道が修正される整体との出会い

その整体院はダメージを抜く整体をしていました。

そこで施術してもらったら、

今までピーンと張り詰めていたものがばさっとなくなったんですね。

体も楽になったんですけど、

心がふーんわりしたんです。

 

そして、

「あ、私間違ってた、国家試験やめる」

って普通に言ってました笑

 

頭ではわからなかったことが体でわかったんです。

 

そして恥ずかしいことに

子どもを産んだ喜びとか愛おしさとか忘れてたんですけど、

そういうのが蘇ってきたんです。

 

ああ、子どもってかわいいな。

もっと向き合おうって。

 

今更!

って感じです。

 

そして、

今まで主人の話全然してませんが笑

主人に対しても感謝の気持ちとか初めて出てきたんです。

 

本当に生まれ変わるってあるんだなって。

 

それまではずっと「頑張ってきた」人生でした。自分なりに。

「こうでなければいけない」

「こうあるべき」

「こうしないと恥ずかしい」

そういう目に見えない「常識」に自縄自縛。

 

いつもいつも息苦しくて、

「幸せ」ってなんだろう?っていつも思っていました。

 

整体を受けていくうちに

「私はすでにたくさんのものに囲まれている」

「こんなに愛を受けているのに」

なんで気づかなかったんだろう(^_^;)

 

体が緊張しすぎていてい、

脳や心までカチコチになってしまって

本当の姿が見えなくなっていたんですね。

 

その整体に出会ってから完全に生まれ変わりました。

 

「この整体だったんだ!私が出会うべきものは」

って思って。

 

すぐに学ぼう!って思いました。

 

ちなみにこの整体院は兄弟子さんの整体院です。

 

そこから今のお師匠さんを紹介していただき、

お師匠さんのところに通うことになります。

 

 

2年くらいでしょうか。

毎月通って学びました。

 

学ぶうちに家族や知人に試していきました。

喜んでもらえるのが嬉しくて、

そのうちに「自分と同じように辛い時を過ごしている方のお役に立てたら」

と思うようになりました。

 

お師匠さんから「お店出していいです」と言われて、

当時岡山県にいたんですけど、そこでホームサロンを始めることになります。

 

初めての整体院

お家の一部屋で整体院を始めました。

 

本当に田舎で。

でもこの経験はとても大きかったです。

自分の施術でお金をいただく経験を初めてできたので。

私の整体師としてのはじめの一歩でした。

 

当時はかなり自己肯定感が低い状態でもありましたので、

こんな私でも人から必要とされるんだ、

人から喜んでもらえるなんて、ありがたいことだ。

生きていていいんだ。

施術しているこちら側が生かされている感覚でした。

 

その後、福岡の太宰府に居を移します。

そして、

太宰府天満宮のお膝元でひょんな事からお店を出すことになります。

縁もゆかりもない、友人知人誰一人いない土地で。。。

そこでは物件のオーナーさん、不動産屋さんにとてもお世話になりました。

ご近所の店舗さんにもお世話になりましたし。

何よりクライアントさんが本当に良い方ばかりで、

ここで大きく学ばせていただきました。

 

初めは経営の右も左も分からない状態で。

ゼロからのスタートでした。

 

エネルギーを使う整体ですので、

理解されない時期もありました。

でも3年9ヶ月という間にだんだんと特徴ある整体を理解していただき、

後半には整体のレッスンも開始し、多くの方にご利用いただきました。

 

はじめは

「宗教ですか?」

「強く揉んでくれないの?」

という反応もありまして、

その度に「九州では認められないんだろうか」

なんて弱気にもなりました。

 

しかし、

1年過ぎ、2年過ぎしているうちに

ダメージを抜いて治癒力を後押しする不思議だけどなんか心地いい

この整体を歓迎していただいている感覚がありました。

 

自分自身が変化していくこと

それは私自身が心からこの整体を信じられたからだとも思うんです。

初めは恐々やっていましたが、

だんだんと「私はこの整体でできることをすればいいんだ

と気持ちを切り替えることができるようになりました。

 

そこからクライアントさんが変わってきたのです。

自然と素敵な方々がきてくださるようになったのでした。

 

 

ここでの学びは何者にも代え難いです。

めぐりの部屋の整体を通じて

「元気になりました」

「毎日が楽しくなりました」

「ここに来るのが楽しみです」

 

という言葉をいただきました。

 

転機と大阪

そんなとき、また運命の転機がやってきました。

大阪への転居です。

 

丹精込めたお店を手放すことは本当に辛いことでした。

なんせ床や天井などすべて自分でやりましたから。

本当に手作りのお店でした。

それを手放す?

素敵なクライアントさんと別れる?

本当に辛くて。

 

でもこれは流れ。

逆らうことはできません。

 

福岡では整体を学ぶコミュニティを作れましたので、

そこにエネルギーを注ぎ、

彼らにエネルギー整体のタネを託してきました^ ^

 

いつか福岡でも花を咲かせてくれるでしょう。

 

そして今度は大阪です。

関西は初めての地。

 

ここからまた始まります。

今までの経験を生かして、

ここでしかできない、

めぐりの部屋しかできない整体を提供して行きたいと思います。

 

何をするにはデトックス。

ゼロになる、という世界。

 

それが全てのスタート。

私もここに来るまでに全て手放してきました。

ゼロです。

だからこそ新しい必要なものと巡り合っているのだと思います。

 

自分自身を整えていくこと。

自分を安心感で満たすこと。

その安心感が幸せを生みます。

周りの人を幸せのおすそ分けができます。

 

そんな世界を目指して

ここ大阪でもコツコツ整体してまいります。

 

どうぞ宜しくお願いします^ ^

 

めぐりの部屋でお会いできるのを楽しみにしています。

 

最後までお読みいただきましてありがとうございます。

 

鈴木なおこ

 

追伸

めぐりの部屋の由来

「めぐりの部屋」の名前の「めぐり」には3つの意味があります。

 

1つ目は、


気のめぐり、


血液のめぐり、


リンパのめぐり等、


私たちの体の重要な因子のめぐりをよくすることで


元気になっていただきたい、


との想いをこめました。

 

2つ目は、


人生は人やモノ(有形・無形)との


「めぐり逢い」から成り立っていますよね。




当整体院がお客様と私にとっての


新たな「めぐり逢い」の場となり、


お客様の笑顔の日々の始まりとなってほしい、


との願いを込めました。

 

3つ目は

本当の自分自身と「めぐり逢う」旅。

 

本来、私たちすべては自分を癒したり治したりする力があります。

誰にでも平等に。

それが何かの拍子で止まってしまったり、動きが鈍くなったりしてしまいます。

その原因を探り、後ろから動きをサポートするのがめぐりの部屋の役割です。

その過程で、自分の持つ力に気づいて、本来の自分自身に戻っていくと思います。

 

治癒力が止まっていると、

自分自身が曇ってしまい、本当にやること、大切なものが見えなくなってしまいます。

その雲を取り払うのがめぐりの部屋での施術と思っていただけたら、と思います。

自分自身にめぐり逢う整体院。



肩こりや首こり、腰痛など、お体やこころの「痛み」に対処することが


当整体院の最終的なゴールではありません。


そうしたものを克服し、あなたの持つ才能が開花できるように、
再び輝きだせるように、お手伝いすることが
めぐりの部屋のゴールです。

 

最後までお読みいただきまして誠にありがとうございます。

めぐりの部屋でお会いできるのを楽しみにしております。